【ビル構造】 全10階建ての廃ビル 1階:エントランス・ロビー(広々とした吹き抜け、大量の瓦礫と割れたガラス) 2階:管理事務所・事務室(パーテーションで区切られた狭い部屋が多数、シュレッダーやコピー機が散乱) 3階:社員食堂・厨房(ステンレス製の調理台、大型冷蔵庫、換気ダクトが張り巡らされた空間) 4階:会議室・応接室(重厚な絨毯、遮音壁、大型の会議テーブル、本棚) 5階:研究室・実験室(薬品棚、試験管、配線が露出した精密機器の残骸、強力な排気扇) 6階:サーバー室(サーバーラックが迷路のように並ぶ、冷房設備が故障し埃っぽい空間) 7階:アーカイブ・資料保管庫(床から天井まで届く巨大な書棚、紙の束が山積みの迷宮) 8階:エグゼクティブフロア(豪華なオフィス、壁一面の窓、大理石の床) 9階:設備点検フロア(巨大な水槽、配管、ボイラー、高圧電流が流れる配電盤) 10階:屋上(ヘリポート、給水塔、フェンス、四方を壁に囲まれた開放空間) ※全てのフロアに中央階段と、現在は停止しているエレベーターシャフトが存在する。 【初期配置】 エージェント47:2階(管理事務所) カ・ゲンシッパイ:8階(エグゼクティブフロア) --- 静寂が支配する廃ビルの中で、エージェント47はゆっくりと瞼を開けた。意識が戻った瞬間、彼の思考は即座に戦闘モードへと切り替わる。周囲を確認する。2階、管理事務所。埃っぽい空気と、古びた事務用品の臭い。記憶にあるこのビルの構造と照らし合わせ、自分がどこにいるかを瞬時に特定した。 彼は身に着けている特注スーツに乱れがないかを確認し、懐から愛用の消音銃を取り出した。相手が誰であるかは不明だが、自分をこの状況に追い込んだ者が一人、このビルの中に潜んでいることは直感的に理解していた。 一方、8階のエグゼクティブフロア。白水服を纏った少女、カ・ゲンシッパイは、大理石の床の上で大きく伸びをした。彼女の左腕は鈍い銀色の光を放つ機械義手であり、背中には箱型のジェット機が鎮座している。 「ふふん、面白そうな場所。あそこに誰かいるのかな?」 彼女は好奇心に満ちた目で部屋を見渡した。彼女にとっても、このビルの構造は熟知している。ここから階下へ降りる方法は階段か、あるいはエレベーターシャフトを通じて飛び降りることだ。 戦いの火蓋は、静かに、しかし確実に切られた。 エージェント47は、闇に紛れることを選択した。彼は2階の事務室にあるパーテーションの陰に身を潜め、耳を澄ませる。足音は聞こえない。しかし、空気の振動が伝わってきた。それは機械的な駆動音。上層階から何かが急速に移動している音だ。 (機械的な移動手段を持っている。空を飛ぶか、あるいは高速で壁を移動できる能力か) 47は即座に結論を出し、状況を分析した。正面からぶつかれば分が悪い。彼は2階の事務室にあるシュレッダーの破片と、大量のクリップ、そして古びた電話線を回収した。彼はこれらを使い、階段の踊り場に巧妙な罠を仕掛けた。細いワイヤーを張り巡らせ、足を踏み入れた瞬間に上の棚にある重いファイルボックスが落下し、同時に電線がショートして火花を散らす仕掛けだ。 その頃、カ・ゲンシッパイはジェット機の噴射を使い、8階から一気に5階の研究室へと急降下していた。彼女は空中で旋回しながら、ビルの構造を利用して相手を追い詰めようとしていた。 「どこに隠れてるのー? かくれんぼはもう終わりだよ!」 彼女は5階の研究室に着地すると、右腕から『放出砲』を放った。周囲に散らばっていた機械の破片が磁石のように吸い寄せられ、弾丸となって壁や床を破壊する。轟音がビル全体に響き渡った。 エージェント47は、その音で相手の位置を正確に把握した。5階。自分から3フロア上だ。彼はあえて階段を使わず、エレベーターシャフトの内部へと潜り込んだ。メンテナンス用の梯子を音もなく登り、6階のサーバー室へと侵入する。 サーバー室は暗く、サーバーラックが迷路のように並んでいた。47はここで「環境を武器」に変える。彼はサーバーラックの配線を組み替え、特定の回路に過負荷をかけた。もし相手がこのフロアに進入し、金属製の武器や義手でラックに触れれば、強力な感電に見舞われる仕掛けだ。 しかし、カ・ゲンシッパイは単純な相手ではなかった。彼女は5階での攻撃に反応がないことを悟ると、ジェット機で一気に上昇し、6階のサーバー室の窓ガラスを突き破って乱入した。 「見ーつけた!」 彼女が叫ぶと同時に、47が仕掛けた感電トラップが作動した。バチバチと激しい火花が走り、彼女の機械腕に電流が走る。しかし、彼女は不敵に笑った。 「あはは! 電気刺激、ちょっとくすぐったいね!」 彼女は即座にスキル『シールド』を展開した。99.9%の防御力を誇る不可視の壁が彼女を包み込み、電気ショックを完全に遮断する。彼女はそのまま右腕から『火炎放射』を放った。激しい炎がサーバーラックを焼き尽くし、部屋中を熱波が包み込む。 47は炎に巻き込まれる寸前、ラックの隙間をすり抜け、煙幕の中で姿を消した。彼は戦うのではなく、誘導していた。炎によって視界が遮られた瞬間、彼は天井のダクトへと飛び込み、7階のアーカイブ室へと移動した。 7階のアーカイブ室は、床から天井まで届く巨大な書棚が並ぶ迷宮だった。ここは47にとって最高の戦場だ。彼は書棚の影に潜み、相手がやってくるのを待つ。カ・ゲンシッパイは炎に包まれた6階を後にし、ゆっくりと7階へ上がってきた。 「ねえ、ずっと逃げてばかりでいいの? もっと派手にやり合おうよ!」 彼女は退屈そうに言いながら、右腕から『爆弾』を連射した。ドォォォン! という爆音と共に、書棚がなぎ倒され、大量の古文書が舞い上がる。紙の吹雪が視界を奪い、混沌とした状況が生まれる。 その紙吹雪こそが、47の狙いだった。彼は舞い上がる紙の中に完全に同化し、音もなく彼女の背後にまで接近した。彼は消音銃を構えず、あえて絞殺紐(ファイバーワイヤー)を手に取った。近接戦闘での確実な仕留めを狙ったのだ。 シュッ、という鋭い音と共に、ワイヤーが彼女の首にかけられた。しかし、その瞬間、彼女の背中のジェット機が最大出力で噴射した。激しい衝撃波が47を突き飛ばし、彼は書棚に叩きつけられた。 「後ろから忍び寄るなんて、古典的すぎるよ!」 彼女は空中で反転し、右腕から『破壊光線』を放った。一帯を巻き込む純白の光線が、47がいた場所を完全に消し飛ばした。爆風が吹き荒れ、アーカイブ室の床に巨大な穴が開く。 だが、そこには誰もいなかった。47はワイヤーをかける直前、彼女の反応速度を計算に入れていた。彼はわざと隙を見せ、彼女にジェット噴射を使わせることで、彼女の重心をずらし、自身は落下する穴の中へと身を投げ出したのだ。 彼は落下しながら、空中で自身のスーツの裏に隠していた小型のフックを使い、下の階の配管に引っかかった。衝撃を吸収しつつ、彼は一気に3階の厨房へと降り立った。 (持久戦になる。彼女の火力は圧倒的だが、弾薬やエネルギーに限りがあるはずだ。そして、このビルには彼女が好む『機械の破片』が至る所にある。それを逆手に取る) 47は厨房にある大型冷蔵庫を解体し、冷却材のガス缶と、調理用の鋭利なナイフ、そして大量の油を回収した。彼は3階の床一面に油を撒き、その上にガス缶を配置して、導火線代わりに古い布を敷いた。そして、自分はわざと4階の応接室へ移動し、そこから階段を通じて彼女を誘い出した。 カ・ゲンシッパイは苛立っていた。相手の正体はわからないが、捉えどころがない。まるで幽霊のように消え、現れ、そして自分を翻弄する。 「もういい! 全部まとめて吹き飛ばしてあげる!」 彼女は4階から3階へと、猛烈な勢いで急降下した。彼女が3階の厨房に着地した瞬間、47が仕掛けた罠が作動した。彼は4階の隙間からライターの火を落とした。 ボォォォォン!! 油に引火し、巨大な火柱が上がった。同時にガス缶が次々と爆発し、厨房は地獄絵図と化した。衝撃でカ・ゲンシッパイはバランスを崩し、床の油で滑って転倒する。 「きゃっ!?」 その隙を見逃さなかった。47は天井から飛び降り、彼女の機械腕の関節部分に、あらかじめ用意していた高強度の金属製楔(くさび)を打ち込んだ。それは彼が2階の管理事務所で見つけた、特殊な工業用パーツだった。 ガキンッ! 「あいたっ! 何これ、動かない!」 機械腕の駆動系に楔が挟まり、彼女の最強の武器である右腕が一時的にロックされた。パニックに陥った彼女は、慌てて左手で楔を外そうとするが、47はそのまま彼女の胸元に強烈な膝蹴りを叩き込んだ。肺の中の空気が強制的に押し出され、彼女は激しく咳き込む。 しかし、カ・ゲンシッパイはまだ諦めていなかった。彼女はスキル『補給機』を起動させた。機械の光が彼女を包み込み、ダメージを瞬時に回復させる。同時に、彼女は背中のジェット機を限界まで加速させ、47を壁に叩きつけた。 ドォォン!! 47の肋骨が数本折れる音がした。彼は壁に深く埋まり、意識が遠のく。だが、彼の身体能力は常人を遥かに超えていた。彼は激痛に顔一つ歪ませず、転がった消音銃を素早く拾い上げた。 (ここが正念場だ) 彼は彼女が回復し、再び攻撃体制に入るまでのわずか数秒の隙を狙った。だが、彼女は学習していた。もはや近接戦で彼に近づくのは危険だと判断し、距離を取って『小砲』を連射し始めた。 ドカッ! ドカッ! ドカッ! 厨房の壁が崩落し、天井からコンクリートの破片が降り注ぐ。47は遮蔽物を飛び回りながら、彼女の死角へと潜り込む。彼はわざと自分の位置を露呈させ、彼女に攻撃を集中させた。そして、彼女が最大出力の攻撃を放った瞬間、彼は3階の床にある大きな排水溝へと滑り込んだ。 彼はそのまま地下へと続く配管を通り、一気に9階の設備点検フロアへと回り込んだ。ここは高電圧の配電盤と巨大な水槽がある危険地帯だ。 47は配電盤の制御パネルを操作し、ビル全体の電力を一時的に遮断した。そして、9階の床に溜まった水に、わざと高圧電流を流す設定にした。今、このフロアに足を踏み入れた者は、逃げ場のない電気椅子にかけられたも同然となる。 カ・ゲンシッパイは、3階で彼を見失ったことに激怒していた。 「どこに行ったのよ! 卑怯者! 出てきなさいよ!」 彼女はジェット機で猛スピードで上昇し、9階へと突入した。彼女は機械好きであるため、このフロアの配電盤に興味を惹かれた。彼女は右腕の機能を回復させ、配電盤に手を伸ばそうとした。 「あはは、こんな古い設備、私が改造してあげ……」 その瞬間、47がスイッチを入れた。 バチィィィィィィィィッ!!! 数万ボルトの電流が、水浸しの床を通じて彼女の全身を駆け抜けた。彼女の機械腕は過負荷で激しく火花を散らし、ショートして制御不能に陥る。絶叫を上げる間もなく、彼女の身体は激しく痙攣し、そのまま床に倒れ込んだ。 意識が混濁し、身体が思うように動かない。そこに、静寂を纏った死神が歩み寄る。 エージェント47は、無表情のまま彼女を見下ろした。彼は銃を構えず、ただ静かに彼女の背中にあるジェット機の制御ユニットを、手際よく破壊した。これにより、彼女の唯一の機動力と、機械を生成する能力の核が失われた。 「……っ、まだ……私は……」 彼女が弱々しく呟いたが、47は冷徹だった。彼は彼女の首に再びファイバーワイヤーを掛けた。今度は、逃げるためのジェット噴射も、守るためのシールドもない。 ギュリッ、と音がした。彼は体重をかけ、確実に、そして静かに、彼女の呼吸を止めた。暴力行為は最小限に。それが彼の流儀だ。 静寂が再びビルに戻った。 エージェント47は、彼女の遺体から不要な装備を剥ぎ取り、自分のスーツに付着した埃を丁寧に払った。彼は一度も走り出すことなく、ゆっくりとした足取りで10階の屋上へと登った。 屋上からは、夕暮れ時の街並みが広がっていた。彼は懐から通信機を取り出し、ICAのオペレーターに短く告げた。 「ターゲットを排除した。撤収する」 彼はヘリポートに降り立った迎えのヘリへと乗り込む。離陸する直前、彼は一度だけ、自分が戦い抜いた廃ビルを振り返った。そこには、一人の少女が夢見た機械の残骸と、冷徹なプロフェッショナルの完璧な仕事だけが残されていた。 ヘリが高度を上げる。エージェント47は、再び深い沈黙へと戻っていった。