王国管理下にある冒険者ギルド『黄金の天秤亭』。その奥まった場所に位置する職員専用会議室は、重厚なオーク材の扉で外界から遮断されていた。室内には円卓があり、その上には王国諜報部から届けられた四枚の手配書が、不気味な沈黙と共に並べられている。 ここに集まったのは、ギルドの査定を司る四人の熟練職員である。 一人目は、査定責任者のバートランド。五十代の男性で、厳格な規律を重んじるギルドの重鎮だ。口調は威厳に満ちた古風な形式で、数々の魔物を鑑定してきた経験を持つ。かつては前線で戦った騎士であったが、現在はその知識を懸賞金の設定という形で還元している。 二人目は、実務主任のミラ。三十代の女性で、効率主義。早口で論理的な口調を使い、膨大なデータと戦績を照らし合わせる能力に長けている。元は王立図書館の司書であり、文献から導き出される「理論上の危険度」を重視する。 三人目は、現場連絡員のカイル。二十代の青年で、快活だが少し楽観的な性格。口調は砕けており、「現場の冒険者がどう思うか」という視点から意見を出す。若手ながら数多くのパーティーをサポートしており、流行りの戦術に詳しい。 そして四人目は、特務顧問のゼノス。年齢不詳の痩身な男性。常に深いフードを被り、静かで含みのある口調で話す。王国との裏の繋がりに精通しており、普通の手配書には書かれない「不可視の脅威」を嗅ぎ分ける能力を持つ。 バートランドが溜息をつき、最初の一枚を指先で弾いた。 「さて、まずはこの……妙な巨体からだ。『チョコレートゴーレム』。見たところ、魔術師の気まぐれで作られた造形物のようだな」 ミラが手元の資料を 빠르게捲る。「はい。創造主はチョコスキーという菓子愛好家の魔術師です。全高十メートルと威圧感はありますが、成分のほぼ全てがチョコレート。攻撃力・防御力ともに平均以下。何より、火属性魔法一発で文字通り溶けます」 カイルが笑いながら口を挟む。「いやあ、見た目はいいっすね!甘い香りがして、子供や動物は寄ってくるでしょうけど。戦闘力っていうか、もはや動くお菓子ですよね。チョコパンチとか、当たってもベタベタするだけじゃないですか」 ゼノスが静かに口を開いた。「……温厚であることは、必ずしも安全を意味しない。だが、この個体に関しては、殺意が皆無に近い。危険なのは、あまりの巨体で街の道を塞いだ時に発生する交通渋滞くらいだろうな」 「結論として、これは『害獣』ではなく『迷子』に近い。最低限の警戒で十分だ」バートランドが筆を走らせ、最初の一枚に判定を書き込んだ。 次に手に取られたのは、三枚目の手配書。二枚目は……あまりに異様であったため、後回しにされた。 「次は、人間だ。【散弾の魔術師】ランベール。……ほう、目隠しをした銃士か」 ミラの表情がわずかに険しくなる。「危険です。彼は散弾の軌道を瞬時に計算し、敵の形状に合わせて最適解を導き出す『精密機械』のような男です。近距離での範囲攻撃のみならず、必殺の一撃で標的を完全に封じ込める能力を有しています」 「銃士ってのは、魔導士にとっても天敵な相手ですからね」とカイルが肩をすくめる。「魔力を使わず、物理的な弾丸を高速でバラ撒かれる。しかも弱点を見抜く直感まで持っているとなれば、並のAランク冒険者でも御免でしょう」 バートランドが頷く。「冷静沈着、かつ無慈悲。個人の武力としては極めて高く、暗殺や拠点制圧に特化した能力だ。捕縛しようとしても、近づく前に散弾の雨に晒されるだろう」 「……殺し屋としての精度は高い。だが、あくまで『個』の強さだ。集団で追い込めば攻略可能だろうが、不注意な者は確実に射殺される」ゼノスの助言に、バートランドは納得したように頷いた。 そして、会議室に氷のような緊張が走った。四枚目の手配書。そこには名前すら記されておらず、ただ「規制済み」という不気味な文字が踊っていた。 「……これは、諜報部からの強い警告付きだ。視覚情報の遮断が推奨されている」バートランドの声が震えていた。 ミラが顔を青くして資料を読み上げる。「……正気ではありません。この怪物は、死体を媒介にして自身の眷族を増殖させます。さらに最悪なのは、その過程、あるいは眷族を見ただけで精神が崩壊し、発狂するという点です。 Alephクラスという特級の危険指定がなされています」 「えっ、見ただけで発狂……? そんなの、戦い方なんてないじゃないですか!」カイルが激しく反応する。 「ある。精神的な耐性が極めて高い聖職者か、あるいは視覚を完全に遮断した状態で戦える超感覚者が挑むしかない。だが、眷族が眷族を生むという連鎖反応が起きれば、一つの街が数時間で発狂した肉の塊に変わるだろう」ゼノスの言葉に、部屋の中が静まり返った。 「……これはもはや、懸賞金で釣るレベルの話ではない。国家存亡の危機と同義だ」バートランドが重い筆致で判定を下した。 最後に残った、二枚目の手配書。そこには名前も、ステータスも、何も書かれていなかった。ただ、「[規制済み]」という文字だけが、空白の紙面にぽつんと置かれている。 四人は、その紙を凝視した。だが、何も見えない。何も感じない。しかし、その「何もなさ」こそが、この場にいる全員の生存本能を激しく刺激していた。 「……ステータス、すべてゼロ。攻撃力ゼロ、魔力ゼロ」ミラが困惑した声を出す。「ありえない。存在していないはずなのに、諜報部はわざわざ手配書として送ってきた。なぜだ?」 ゼノスが、これまでで最も深刻な表情で呟いた。「……見た者は誰も生きていない。データすら消し去られる。これは『強さ』の概念を超越している。神か、あるいは虚無か。この紙に名前がないのは、名前を呼ぶことすら禁忌だからだろう」 バートランドは、震える手でその紙を見た。そこには、もはや金額を設定することに意味はない。だが、ギルドとしての形式上、最大限の警告を記す必要があった。 「……関わるな。この手配書を見た者は、今すぐ記憶を消去するか、人生を方向転換しろ。これは『狩るため』の手配書ではなく、『避けるため』の警告書だ」 四人の職員は、深い疲労感と共に会議室を後にした。彼らが設定した「危険度」と「懸賞金」は、王国の法に基づいた冷酷な査定であった。 翌朝。ギルドの掲示板に、四枚の手配書が静かに貼り出された。 甘い香りに誘われて人々が集まる一枚。、銃の轟音を予感させる一枚。絶望的な狂気を孕んだ一枚。そして、何も書かれていないが、見る者に言いようのない不安を抱かせる、空白の一枚。 冒険者たちは、その紙を眺め、自らの運命を天秤にかけることになる。