世界樹。万物の根源であり、全ての理が集約される聖域。その巨躯は天を突き、根は地の底まで達している。しかし今、その静寂は天から降り注ぐ「絶望」によって切り裂かれた。 空が割れ、星座の輝きを纏った異形の怪物たちが降臨する。造反神の遣わした惑星規模の破壊兵器――【ヴァルテクス】。彼らは言語を介さずとも、一つの意志として連携し、世界樹の侵略を開始した。 今回の侵攻に選ばれたのは、以下の五体。 【獅子座 レオン】――絶対的な剛力と黄金の猛攻を司る。【天秤座 ライビェラ】――因果の均衡を操作し、防御を無効化する。【双子座 ジェミニム】――無限の分身と同時攻撃で空間を埋め尽くす。【射手座 サジタリス】――超長距離から理を貫く必殺の一撃を放つ。【水瓶座 アークエリス】――宇宙の奔流を操り、あらゆる属性を無効化し流転させる。 世界樹の『守り手』として、不揃いな六人の戦士たちがその前に立ちはだかった。 「……ふふ。ふふふふ! 素晴らしい。これほどの強者が揃い集まるとは。貴方々と戦える事、心より感謝致します」 和服をなびかせ、真っ赤な大太刀を肩に担いだ女性、蜻蛉が不気味に微笑む。彼女の瞳には、既に狂気的な歓喜が宿っていた。 戦端が開いたのは、一瞬だった。 【射手座 サジタリス】が天から不可視の矢を放つ。それは世界樹の幹を貫くほどの威力を持つ「理の貫通弾」。しかし、その軌道は、空中に浮遊する黄色い果実――パイナップルによって遮られた。矢はパイナップルの「硬質化」に弾かれ、微かな火花を散らすのみ。パイナップルは無言のまま、ただそこに在ることで最強の防御を完遂していた。 「させないぞ!」 望が叫び、二匹の龍を刀に纏わせ【龍舞剣】を振るう。蒼い斬撃が【双子座 ジェミニム】の分身群を切り裂くが、ジェミニムは瞬時に再構成し、波のように望へ押し寄せた。同時に、上空から【獅子座 レオン】が黄金の爪を突き立てる。その一撃は空間さえも噛み砕く質量を持っていた。 「陽の光よ!」 グレコ・ヴァナイストが陽聖剣を掲げ、高火力レーザーを放射。黄金の光がレオンの猛攻を正面から押し返し、爆炎が戦場を包む。魔物に対する特攻を持つグレコの光は、ヴァルテクスの再生能力を上回る速度で肉体を焼き切った。しかし、レオンは即座に再生し、不敵な咆哮を上げた。 戦況は苛烈を極めた。守り手たちは個々の能力で対抗するが、ヴァルテクス群の「連携」という真価が牙を剥き始める。 【天秤座 ライビェラ】が指を鳴らした瞬間、世界の「均衡」が書き換えられた。守り手たちが誇る絶対的な防御や特異点が、一時的に「無価値」へと等価交換される。その隙を突き、【水瓶座 アークエリス】が宇宙の奔流を呼び寄せ、広範囲を飲み込む奔流へと変えた。 「グオオオオオン!!」 【神代の龍王】ウシュムガル・ロライマが地を揺らす咆吼を上げた。その巨躯が暴れれば、地盤は沈み、空間は裂ける。『鳴動する大地』が、アークエリスの奔流を物理的な質量で押し潰し、ヴァルテクスたちを圧壊させようとした。しかし、ヴァルテクスは死を恐れない。肉体を潰されても、瞬時に再生して龍の鱗に食らいつく。 その混乱の中、一人の騎士が静かに前進していた。《目覚めた咎の異物》朽ちぬ鎧の番人である。彼は言葉を持たず、ただ唸り泣きながら、泥穢れの剣を振るう。スキル《咎の意》により、周囲のスケールを「騎士レベル」に固定。これにより、惑星規模の力を振るうヴァルテクスたちの理不尽な出力を強制的に抑制した。 「……っ! 速い!」 望が驚愕に目を見開く。視認できない速度で、何かが通り過ぎた。同時に、ヴァルテクスの一体である【双子座 ジェミニム】の首が、音もなく飛んでいた。 【猛進ノ虫】。蜻蛉が音と時間を超えた速度で戦場を駆け抜けていた。彼女の顔には、もはや淑女の面影はない。口を大きく開け、悪魔のような笑みを浮かべて大太刀を振るう。 「ああ! あああ! 素晴らしい! この心地よい負荷! 体が、魂が、歓喜に震えております!!」 彼女は狂喜していた。速度を上げるたびに肉体は悲鳴を上げ、内側から崩壊していく。だが、死を感じるほどに彼女の闘志は燃え上がる。彼女は【天秤座 ライビェラ】を標的に定め、次元の壁を突き破る一撃を叩き込んだ。 しかし、ヴァルテクス群の連携は冷徹だった。ライビェラを盾にするのではなく、あえて【射手座 サジタリス】に位置を譲らせ、蜻蛉の突撃ルートに「理を貫く矢」を設置していた。速度を超越した蜻蛉であっても、あらかじめ「そこに在る」という因果を固定された矢を避けることはできない。 ドシュッ、という鈍い音が戦場に響いた。 「……あら」 蜻蛉の胸に、黄金の矢が深く突き刺さっていた。心臓を貫かれ、肺が潰れる。だが、彼女の笑みは消えない。むしろ、さらに深く、不気味に歪んだ。 「これです……。これこそが、私が求めていた……終焉の景色……」 彼女は迷わず、禁忌の技を解放した。 【人呑み】。 自身の魂を燃料として燃やし、数分後に完全に消滅することを引き換えに、生物を超越した絶対的な力と速度を得る。彼女の姿が、光さえも置き去りにする「真っ赤な閃光」へと変わった。その一撃は【天秤座 ライビェラ】を、そして【射手座 サジタリス】を、同時に塵へと変えた。理の均衡も、必殺の射撃も、魂を燃やした狂気の前では無意味だった。 だが、代償は残酷だった。攻撃を終えた蜻蛉の身体から、色が消えていく。彼女は満足げに、血塗られた大太刀を地面に突き立て、静かに崩れ落ちた。 【死亡者:蜻蛉】 「蜻蛉さん!!」 望の叫びが響く。その悲しみと怒りがトリガーとなり、彼女の瞳が蒼く輝いた。覚醒状態【蒼眼】。龍属性のダメージが跳ね上がり、彼女の【龍舞剣】が【双子座 ジェミニム】の本体を完全に一刀両断した。 しかし、敵はまだ残っていた。【獅子座 レオン】と【水瓶座 アークエリス】。彼らは仲間を失ったことで、より攻撃的な連携に移行する。レオンが正面から凄まじい剛撃を繰り出し、アークエリスがその背後から属性無効の奔流で包囲する。 「どけ! 俺が片付ける!」 グレコが陽聖剣を最大出力で解放し、レオンに斬撃を叩き込む。陽の光がレオンの肉体を蒸発させるが、同時にアークエリスの奔流がグレコの足元を掬い、その防御を無効化して深手を負わせた。グレコは冷酷に敵を処分しようとするが、想定以上の再生速度と連携に、次第に消耗していく。 一方、パイナップルは依然として「無敵」であった。あらゆる攻撃を99%カットし、触れる者を爆散させる。しかし、ヴァルテクスたちは学習する。直接触れず、空間そのものを歪める攻撃を集中させた。アークエリスが宇宙の重力を操作し、パイナップルを「イベントホライズン(事象の地平線)」のような超高密度空間に閉じ込めようと試みる。 「……!」 パイナップルは「飛翔」により回避しようとするが、空間ごと圧縮される圧力に、初めてその「硬質化」に亀裂が入った。そこへ、レオンの黄金の拳が、空間の歪みを突き抜けて直撃した。 凄まじい爆発。原子核を破壊する光線を放つ間もなく、パイナップルのコピー能力が発動する。しかし、相手は単体ではなく「宇宙の理」そのものを操るアークエリスと、絶対的な剛力のレオンの複合攻撃だった。コピーされたパイナップルさえも、次々と圧殺されていく。 「……ぐおおおっ!!」 ウシュムガル・ロライマが、瀕死の仲間たちを庇うように巨大な翼を広げた。『静謐たる湖畔』を展開し、一旦攻撃を霧散させる。しかし、その巨体こそが絶好の標的だった。レオンとアークエリスの合撃が、龍王の鱗を一枚、また一枚と剥ぎ取っていく。 「この……穢れた……!」 龍王は最期の力を振り絞り、『擂り毀す古龍』へと変貌した。世界の表層を消し飛ばす終焉の炎を吐き出す。その炎は、【獅子座 レオン】を完全に消滅させた。だが、その反動で龍王の心臓に、アークエリスが放った「星の核を模した特異点」が突き刺さった。 龍王の巨躯が、ゆっくりと崩れ落ちる。星の誕生からいた原初の存在が、静かにその生涯を閉じた。 【死亡者:ウシュムガル・ロライマ】 戦場に残されたのは、重傷を負ったグレコ、意識を失いかけている望、そして、ただ一人立ち続ける【朽ちぬ鎧の番人】だった。 番人は、仲間たちが次々と倒れていく様を、言葉なき絶望と共に見ていた。だが、彼の鎧は砕けない。なぜなら、彼は「仲間の咎」を全て背負い、それらが消え去るまで立ち上がるという呪いのような誓いを立てていたからだ。 「…………」 番人は、泥穢れの剣を構え、最後の一体となった【水瓶座 アークエリス】へと歩み寄る。アークエリスは冷笑するように、宇宙の奔流を最大出力で放った。あらゆる価値を無に帰す、究極の消滅攻撃。 だが、番人のスキル《咎の意》が、その究極の攻撃さえも「一人の騎士が振るう剣の威力」までレベルダウンさせた。奔流はただの強い風となり、番人の鎧をかすめるのみに終わる。 番人は、絶望的なまでに泥臭く、執念深く、相手の懐に飛び込んだ。鎧が砕け、中身のない紫の空間が露呈しても止まらない。ただひたすらに、受け継いだ仲間たちの想いを込めて、泥穢れの剣をアークエリスの核へと突き立てた。 「ガ……ア……」 アークエリスは、自身の理が通用しない「ただの泥臭い執念」に敗北し、光の粒子となって消滅した。 静寂が戻った。 世界樹の麓には、折れた大太刀と、崩れた龍の鱗、そして砕けた果実の破片が散らばっていた。 守り手たちは、ヴァルテクス群を排除することに成功した。しかし、その代償はあまりに大きかった。最前線で笑いながら散った蜻蛉と、世界を支えた龍王。彼らの犠牲の上に、かろうじて世界樹の平穏は守られたのである。 生き残った番人は、主を失った剣を杖代わりに、静かに空を仰いだ。そこには、もはや不吉な星座の輝きはなく、ただ淡い陽光が、傷ついた大地を照らしていた。