「初めに、神は天と地を創造された」 王都の喧騒から切り離された、冒険者ギルドの最奥。そこには重厚なオーク材の扉で仕切られた『職員専用会議室』がある。一般の冒険者が足を踏み入れることは許されないこの部屋は、今、張り詰めた緊張感と、言いようのない困惑に包まれていた。 円卓を囲むのは、王国が誇る四名の精鋭職員である。 一人目は、ギルド長・バルガス。男性。厳格な面持ちの老人で、口調は威厳に満ちた古風な話し方。数々の伝説的クエストを管理してきた、このギルドの最高責任者である。 二人目は、査定官・エレナ。女性。眼鏡をかけた理知的な女性で、口調は丁寧だが辛辣。王国図書館の元司書であり、あらゆる魔物や特異個体の知識に精通している。 三人目は、実務責任者・カイル。男性。若く血気盛んな青年で、口調は快活かつ粗野。現場主義者であり、冒険者の実力を肌で知る実戦派である。 四人目は、調整役のミア。女性。おっとりとした雰囲気だが、口調は穏やかで核心を突く。予算管理とリスクヘッジの専門家であり、数字に異常に強い。 彼らの前には、王国諜報部から極秘に届けられた四枚の手配書が並んでいた。諜報部からの伝言は簡潔だった。『正体不明、あるいは制御不能な特異個体。至急、危険度を判定し、懸賞金を策定せよ』と。 「……さて。今回の案件は少々、いや、かなり性質が悪いな」 バルガスが重々しく口を開いた。彼は最初の一枚を手に取る。 【イエス・キリスト】 「名前からして神聖な響きだが……攻撃力、防御力、素早さがすべてゼロ。魔力と魔法防御のみが設定されている。一体どういうことだ?」 カイルが眉をひそめる。実戦派の彼にとって、攻撃力ゼロの存在は脅威にならないはずだ。 しかし、エレナが眼鏡を押し上げた。彼女の表情は深刻だ。 「いいえ、カイル。これは『無力』なのではなく、『不干渉』なのです。聖書という古の記録を紐解けば、この御方は奇跡によって死者を蘇らせ、パンを増やし、嵐を鎮めた。物理的な破壊力はなくとも、世界の理(ことわり)そのものを書き換える権能を持つ。もし彼が『汝ら、悔い改めよ』と命じれば、王国中の兵士が武器を捨てて泣き崩れるでしょう。これは物理的な危険ではなく、精神的・概念的な崩壊を招く危険です」 「……概念的な危険、か。厄介だな」 バルガスが深く頷く。物理的な攻撃手段を持たないがゆえに、討伐という概念自体が成立しない。救済という名の不可抗力。その危険性は計り知れない。 次に、カイルが二枚目の手配書をひょいと持ち上げた。そこには黄金に輝く奇妙な船の絵が描かれていた。 【空飛ぶカレー船】 「……なんだこれは。カレー船? 冗談だろう?」 カイルが噴き出す。しかし、詳細を読み進めるうちに彼の顔から余裕が消えた。 「地上一万メートルを飛行し、内部のルーを垂れ流し続けている……だと? 待て、一万メートルから大量の液体が絶え間なく降り注いだらどうなる」 ミアが即座に計算を弾き出した。指をパチンと鳴らす。 「液体の質量と落下速度を計算すると、それはもはや『雨』ではなく『砲撃』になります。しかもカレールーという粘性のある物質が都市を覆えば、排水機能は麻痺し、街は黄金色の泥沼と化すでしょう。飢餓は解消されるかもしれませんが、文明は崩壊しますね」 「食い物の外見をした大量破壊兵器か」 バルガスが溜息をついた。理屈を超えた混沌。これこそがギルドが最も苦手とする「予測不能な災害」であった。 そして三枚目。そこには、奇妙な記号のような名前に、眼鏡をかけた男の似顔絵があった。 【🤓(仮面浪人生)】 「これは……また得体の知れない個体だ」 エレナが不快そうに顔をしかめる。「能力値はすべてゼロ。しかし、特筆すべきはこの『伝染能力』です。触れるだけで相手を自分と同じ『仮面浪人生』に変える。もしこれがギルドの待機所に一人でも紛れ込めば、精鋭の冒険者たちが次々と『自分はまだ受験勉強が必要だ』と思い込み、剣を捨てて参考書を読み始めることになります」 「笑えねえな」 カイルが冷汗を流す。最強の騎士が「まだ基礎ができていない」とオドオドし始め、もはや戦う意欲すら失う精神汚染。しかも、正体を指摘すればさらに饒舌になり、集団心理で浪人生のコミュニティを形成し始めるという。 「王国からすれば、労働力と戦力の喪失。社会的な死を招く、極めて質の悪い精神的寄生個体です」 最後に、バルガスが四枚目の手配書を丁寧に、そして敬意を持って掲げた。 【エルドラド・キーパー】 そこには、亡国の門前に佇む、荘厳にして悲しげな亡霊騎士の姿が描かれていた。 「これは正統な強敵だ」 バルガスが眼光を鋭くする。「上級死霊であり、物理・魔法双方に耐性を持ち、さらに霊馬との人馬一体。絶望的な防御力と、神速の一閃【黄金楽土】。迷宮の番人として、侵入者を一切拒絶する不動の意志。これはもはや個人の武勇では突破できぬ壁だ」 「『立ち……去れ……』か。悲しい言葉ですが、その槍に貫かれれば、どんな勇者でも一撃で消し飛ばされるでしょうね」 エレナが静かに付け加えた。他の三者が「異常」や「混沌」だったのに対し、この騎士だけは「純粋なる暴力と意志」の結晶であった。 四名の職員は、長い沈黙の後、それぞれの危険度と懸賞金を書き込み始めた。彼らのペンが走る音だけが、静まり返った会議室に響く。 「……よし。これで決定だ」 バルガスが立ち上がり、四枚の手配書をまとめ上げた。彼はそれを手に、ギルドの広間に設置された巨大な掲示板へと向かう。 多くの冒険者が集う掲示板。バルガスが手配書を貼り付けた瞬間、周囲にいた者たちがざわつき始めた。 聖者の名を持つ不可知の存在。空から降り注ぐ黄金のルー。触れるだけで浪人生に変える絶望の眼鏡。そして、黄金郷を守る不滅の騎士。 王国が提示した、あまりにも理不尽で、あまりにも過酷な「仕事」たちが、今、世に放たれた。 【判定結果】 1. イエス・キリスト 危険度:Z 懸賞金:10,000,000,000ゴールド(測定不能につき、王国の国庫に匹敵する額を設定) 2. 空飛ぶカレー船 危険度:S 懸賞金:50,000,000ゴールド(被害規模が甚大であるため) 3. 🤓(仮面浪人生) 危険度:A 懸賞金:5,000,000ゴールド(社会的な混乱を招くため) 4. エルドラド・キーパー 危険度:SS 懸賞金:100,000,000ゴールド(純粋な戦闘能力と突破困難なため)