王都の喧騒から切り離された、冒険者ギルド本部。その最深部に位置する職員専用会議室は、重厚なオーク材のテーブルと、壁一面を埋め尽くす古文書、そして魔法的に遮音された静寂に包まれていた。 テーブルの上に置かれているのは、王国諜報部から密送されてきた四枚の手配書。それは単なる「指名手配」ではなく、世界の理から外れた「特異点」とも呼ぶべき存在たちのリストであった。 「……さて、厄介なことになったな。諜報部がわざわざ優先的に回してくるということは、これらが野に放たれたままでは王国どころか、大陸の地図が書き換わるということだ」 口を開いたのは、会議の進行役であるゼノス。中年男性で、ギルドの【査定局長】を務める。眼鏡の奥の鋭い眼光は、数多の魔物を分類してきた熟練の鑑定眼だ。口調は理知的だが、どこか疲労感を漂わせている。 「局長、またあいつらの『お遊び』に付き合わされるんですか? 諜報部の連中は、こういう正体不明の化物を放り出して、我々にリスク管理をさせるのが趣味なんですから」 そう言って肩をすくめたのは、若手の【分析官】ミラ。快活な女性だが、その思考速度は常人の数倍と言われる天才的な分析力を持つ。彼女は手元の資料に目を通しながら、不機嫌そうに唇を尖らせていた。 「まあまあ、ミラさん。危険な分だけ、予算も降りるでしょう。それに、この四つ……いえ、四つの『現象』は、興味深いですよ」 温厚な微笑みを浮かべているのは、ギルドの【古文書研究員】バルガス。恰幅の良い老人で、あらゆる禁書や異界の伝承に精通している。彼の知識こそが、正体不明の怪物に「格付け」を与える唯一の根拠となる。 そして、腕を組んで黙々と手配書を睨んでいたのが、【現場統括官】のガラム。傷跡だらけの巨躯を持つ男性で、数多のS級クエストを完遂してきた実戦派だ。彼はぶっきらぼうに、一言だけ呟いた。 「……理屈はどうでもいい。俺が欲しいのは、『どうやって殺すか』の答えだ」 ゼノスが静かに最初の一枚を手に取った。そこには、灰色の外套に赤い襟巻きを纏った、中性的な風貌の女性が描かれていた。 「一人目は……『真冬』。報告書によれば、彼女は人知を逸した者、いわゆる『テラー』に狙われる『囚人』として死と蘇生の輪廻を繰り返しているという。狂気と経験の集積体だ」 バルガスが資料をめくり、表情を険しくする。 「これは深刻ですな。テラーという超越的な存在に幾度も殺され、それを克服して逆に狩る術を身につけた。しかも、テラーの残留物を自らの力に変えている。精神の崩壊と引き換えに得た力……『ビヨンド』『プリゾナー』『TYPE-C』、そして心臓を確実に貫く『オブザベーション』。これは個人の武力というより、もはや『災害』の擬人化です」 ガラムが低い声で唸る。 「冷酷さと残虐さを使い分ける戦術、さらに相手を拘束して確実に仕留める傲慢なまでの精度。戦場での経験値が異常だ。単独で軍隊を壊滅させかねないな」 「同意です。精神的に不安定であるという点は唯一の隙かもしれませんが、その不安定さが予測不能な攻撃に繋がっている。危険度は最高クラスに設定せざるを得ません」 ゼノスのペンが走り、最初の手配書に重い等級が刻まれた。 次に手に取ったのは、あまりにも場違いな絵だった。黄金に輝く、巨大な「船」である。 「……これは、冗談か?」 ミラが呆然とした声を出す。手配書には『空飛ぶカレー船』と記されていた。 「外見はカレー船。高度一万メートルを飛行し、地上に向けて大量のカレールーを垂れ流し続ける……という報告です。攻撃力や防御力は低いですが、問題はその『影響範囲』です」 バルガスが真剣な顔で付け加えた。 「考えなさい、ミラさん。一万メートルから絶え間なく降り注ぐ熱いルーの雨。それは単なる食料の廃棄ではない。都市一つをカレーで塗り潰し、物理的に埋没させる。交通網は遮断され、土壌は変質し、生態系は崩壊する。これは『環境破壊兵器』としての脅威です」 ガラムが顔をしかめる。 「殺し方は簡単だろうが、辿り着く方法がない。一万メートルを飛ぶ船をどうやって捕まえる。攻略法が確立されるまで、被害は拡大し続けるぞ」 「実害は甚大ですが、知性や悪意がない。あくまで『現象』としての危険度として設定しましょう」 三枚目。そこには、テニスボールに似た小さな球体が描かれていた。名前は『胃碼廻廊(いまかいろう)』。 「……これは最悪だ」 分析官のミラが、珍しく戦慄した声を上げた。彼女の計算機が、あり得ない数値を弾き出していたからだ。 「見てください。この個体には思考がない。デバフが効かない。そして、何より『いつ爆発するか分からない』。しかし、爆発した時の威力は……超新星爆発に匹敵する。フィールド全体を消し飛ばすとあります」 静寂が会議室を支配した。バルガスが震える指で資料を指す。 「相手が攻撃した瞬間に即座に起爆する。つまり、正攻法で排除しようとした瞬間に、攻撃者を含めた周囲すべてが消滅することを意味します。これは『詰み』の状態ですな。触れれば死ぬ、待っても死ぬ」 「防御力ゼロ、素早さゼロ。だが、それが最大の罠だ。そこに転がっているだけで、世界が終わる可能性がある。こんなものに懸賞金をかける意味があるか? 触れる勇気のある馬鹿を募るだけだ」 ガラムの言葉に、ゼノスが苦い顔で頷いた。この個体は、もはや冒険者の手に負える次元を超えている。 最後の一枚。そこには派手な装飾が施された無人ロボットが描かれていた。『戦場祭・零号機』。 「こちらは戦場に突如として現れ、花火を打ち上げるロボットだ。内部AIの処理内容が『yeaaaaaaaaah!』の一点のみという、極めて騒がしい個体である」 ミラが呆れながらも、その性能に注目する。 「基本の花火から、クラスター爆撃、広範囲爆撃まで、多彩な攻撃手段を持っています。さらに、自身の判断で『盛り上がりそうな陣営』に加担する。つまり、戦況を最悪の方向に加速させる攪乱者です」 「『スターマイン』の被害報告が凄まじい。戦場を光り輝かせながら、同時に更地にする。殺意ではなく『盛り上がり』を追求した結果の破壊。ある意味、最初の手配書よりも質が悪い」 バルガスが眼鏡を拭った。 「出処不明、目的不明。ただ戦いを盛り上げたいという単純な衝動に従い、軍事レベルの火力を乱射する。扱いには相当な注意が必要です」 ゼノスは四枚の手配書を揃え、深く溜息をついた。 「一人目は精神を蝕まれた超越者。二人目は環境を塗り替える空飛ぶ船。三人目は世界を消し飛ばす時限爆弾。そして四人目は戦場を地獄の花火で彩る狂った機械……。諜報部も正気ではないな」 彼は最後に、決定した危険度と懸賞金額を書き込んだ。その金額は、国家予算を圧迫しかねない天文学的な数字になっていた。 「さて、これでいい。この手配書をギルドの掲示板に貼れ。誰か、この絶望的な状況に挑む愚か者か、あるいは超人が現れることを祈ろう」 職員たちが会議室を出ると、ギルドの広場にある巨大な掲示板に、四枚の紙が、魔法の鋲で厳重に固定された。 通りすがりの冒険者たちが、そのあまりにも異様な内容の手配書に目を向け、戦慄し、そして絶望する。王国の平穏な日常に、またしても制御不能な「異物」が混入した瞬間であった。 * 【真冬】 危険度:ZZ 懸賞金:999,999,999ゴールド 【空飛ぶカレー船】 危険度:B 懸賞金:50,000,000ゴールド 【胃碼廻廊】 危険度:Z 懸賞金:1,000,000,000ゴールド 【戦場祭・零号機】 危険度:S 懸賞金:120,000,000ゴールド