王都の喧騒から切り離された、冒険者ギルド本部の最深部。厚い石壁に囲まれた『職員専用会議室』には、重苦しい沈黙と、焦げ付いたようなタバコの煙が充満していた。 円卓を囲むのは、王国が誇る査定の専門家たち。彼らの前には、王国諜報部から極秘裏に届けられた四枚の手配書が並んでいる。これらの「標的」をどのような危険度として定義し、どれほどの懸賞金をかけるか。それは単なる金銭の問題ではなく、ギルドが派遣する冒険者の「生存率」を決定づける残酷な作業であった。 「さて……。諜報部がわざわざ『至急』の印をつけて送ってきた代物だ。どれも厄介そうな面構えだが、まずは誰から検討する?」 口を開いたのは、会議の進行役であるギルド運営局長のゼニスだ。50代の初老の男で、眼鏡の奥にある鋭い眼光は、数多の魔物を鑑定してきた熟練の業を感じさせる。口調は理知的だが、その実、極めて現実主義的な性格である。 「私から行かせてください。この……ピンクの羽のような格好をした男。視覚的な不快感と、報告書にある能力の異常さが際立っています」 そう言って手配書を指し示したのは、査定官のミラ。20代後半の女性で、元・宮廷魔導師という経歴を持つ。潔癖症な面があり、効率と論理を重視するため、口調は常に淡々としていて冷徹だ。 「ドフラミンゴ……か。能力は『糸』。単純な拘束術だと思えばいいが、報告書にある『鳥カゴ』という技が厄介だ。街一つを包囲し、切り刻むという。物理攻撃と広域制圧を兼ね備えている」 ゼニスが顎をさする。隣で資料をめくっていた武力査定員のガラムが、太い腕を組みながら唸った。彼は元・辺境騎士団の隊長であり、粗野な口調ながら実戦における「死線」を誰よりも知る男だ。 「あぁ、この『神誅殺』ってやつ。武装色の覇気だか何だか知らねえが、防御を貫通して突き刺す攻撃は騎士にとっちゃ最悪だ。防御力も高く、肉体そのものが強靭。魔法が使えない点は弱点だが、それを補って余りある身体能力と技巧がある。CやBで済ませるレベルじゃねえな。街を一つ消し飛ばしかねないテロリストだ」 「結論として、危険度は『S』。懸賞金は、その影響力と破壊力に見合う額を提示すべきでしょう」とミラが追記する。 次にゼニスが手に取ったのは、不気味な器の絵が描かれた手配書だった。 「次は……戒遺レブーム。実体を持たない霊体か」 「うげっ、気持ち悪いな。腕も足もねえのかよ」とガラムが顔をしかめる。 「侮ってはいけません。この個体は『杯』という依代を持つ魔物です。特筆すべきは『鬼火』による身代わり能力。攻撃を当てる前にリソースを消費して回避される。さらに、攻撃を繰り返すたびにそのリソースを回復するという、持久戦に特化した能力です」 ミラの解説に、若手職員のルカが口を挟んだ。彼はギルドに入って二年の新米だが、古文書の解読に長けた知識人であり、好奇心旺盛な青年だ。口調は丁寧だが、時折、学究的な熱意に突き動かされて早口になる。 「しかも、この『溢れる宴』という技。攻撃しながら防御を固めることができるため、近接戦闘者が単独で挑めば、火の海に飲み込まれるまで追い詰められるでしょう。物理攻撃がほぼ通用しない霊体である以上、高位の聖騎士か、強力な除霊魔導師を揃えない限り、完封される危険があります」 「攻撃力こそゼロに近いが、搦め手と耐久力が異常だ。じわじわと追い詰められる絶望感があるな」とゼニスが頷く。「危険度は『A』。ただし、対策がなければ『S』に匹敵する」 そして、三枚目の手配書を広げた瞬間。会議室にいた四人の空気が凍りついた。 「…………なんだ、これは」 ゼニスの手がわずかに震えていた。そこに描かれていたのは、虹色に輝く龍。報告書に記載された能力値とスキル。特に『虹放射』の威力に記された「2424京」という、天文学的な数字に、誰もが絶句した。 「……冗談でしょう? 書き間違いではないですか?」ミラが困惑した声を出す。 「いや、諜報部の分析によれば、これは『事実』だ。準備も代償もなく、地球全土を消滅させうる光線を放つ。さらに、倒れることも消えないこともない。神にさえ圧勝するという……」 ガラムが、生まれて初めて戦慄に肩をすくませた。「冗談じゃねえ。こんなもん、懸賞金どころの話じゃねえぞ。戦うなんて正気か? 存在しているだけで世界が終わるぞ」 「……査定不能。だが、あえてランクをつけるならば、既存の定義を遥かに超えた『ZZ』。懸賞金は、もはや国家予算をすべて合わせても足りないだろうが……形式上、ギルドが提示できる最高額を記載せざるを得ない」 ゼニスは深くため息をつき、最後の一枚を手にとった。 「最後は……シュワルツ助祭。教会の暗殺者か」 「幻影魔法に、魔力を切り断つ銀狼、猛毒の銀蛇。さらに独立して動く目……。典型的な『暗殺者の完成形』ですね」とミラが分析する。 「ああ、こういうタイプが一番厄介なんだ。正面から戦えば強い奴はたくさんいるが、霧に紛れて不意打ちを食らわせ、毒でじわじわ殺す。しかも身体能力が改造されている。逃げ場のない状況でこの男に狙われたら、目覚めた時には喉が切り裂かれているだろうな」とガラムが忌々しげに吐き捨てた。 「傲岸不遜な性格、大司教の命令しか聞かない忠誠心。交渉の余地はない。隠密性と殺傷能力、どちらも最高水準にある。危険度は『S』。潜伏能力が高い分、発見すること自体に価値があるだろう」 四人の職員は、それぞれの結論を書類に書き込んだ。それは、王国に、あるいは世界に訪れるであろう危機の予兆だった。 会議が終わり、ゼニスが印鑑を押し、書類をまとめる。彼らはその手配書を、本部の掲示板へと運んだ。 ギルドの広場。多くの冒険者が集うその中心にある巨大な掲示板に、四枚の紙が並んで貼られる。それは、ある者には絶好の稼ぎ時であり、ある者には死への招待状となるだろう。 風に揺れる手配書。そこには、世界の均衡を揺るがす名が刻まれていた。 * 【査定結果】 ■ドフラミンゴ 危険度:S 懸賞金:15億ゴールド ■戒遺レブーム 危険度:A 懸賞金:8,000万ゴールド ■虹龍王 危険度:ZZ 懸賞金:100兆ゴールド(※実質的に支払い不能な額) ■シュワルツ助祭 危険度:S 懸賞金:5億ゴールド